貧乏神に愛されて
貯金なし、保険なし、資産なし、借金ありのどん底です。生まれたときから貧乏で、絶望的に金運が無い貧乏神様に愛された適応障害持ちの貧乏人(びと)のブログ
栄枯盛衰
私、たまに、

「帝国データバンク」



「東京経済ニュース」

他、企業・政経情報関連の
ホームページを見ています。



特にそこの

「倒産速報」

をよく見ます。



破産や会社更生法・再生法など
色々な

潰れた会社

の情報が出ています。



昔、デザインのお仕事をやっていた時に、
チラシやパンフレットを作ったりした会社が
倒産しているのを見かけると胸が痛みます。

パチンコ業やゴルフ場経営・不動産業など
一世を風靡した業種がバタバタと
消えていっています。



他人事ではないのは印刷業界の倒産です。

倒産件数は多くなる一方ですね。

私が昔所属していた業界ですし、
今の会社から転職しようと思うなら
やはりこの業界になると思うからです。

そこが斜陽産業となると
心穏やかではいられません。



全てとは言いませんが、
倒産原因のかなりのウエイトを占めるのが
デジタル化の波でしょう。

グラフィックデザインの世界では
デザインから印刷仕上がりまで
いろんな業種の会社が係わるのですが
その全てにデジタル化の激震が襲いました。



まずMacによるDTPの普及で
写植屋さん(印刷用の文字を打つ業種)
が潰れていきました。

続いてデジカメの普及で
カメラマンが廃業していきました。

今ではペーパーレスやネットの普及で
印刷会社が倒産していってます。

ネットや素材集で
誰でも簡単にプロのデザインやイラストが
入手出来るようになりましたので、
今後はデザイン事務所も厳しいでしょうね。



その昔、
私がグラフィックデザインを始めた頃は
デザインは全て手作業でした。

小さな事務所でしたので
全て一人でやらなければなりません。

・イラストを描く。

・デザインをする。

・レイアウトをする。

・コピーを書く。

・プロに頼む必要がない場合は写真も撮ります。

・Mac導入の黎明期には写植の代わりに
 文字をタイピングして印画紙カメラで焼いて
 写植代わりに使っていたものです。

それぞれプロの専門技術が必要な作業ですが
その全ての工程においてデジタル化の波によって
素人さんが簡単に出来るようになりました。



プロの目から見ると、

プロのデザイン

プロの写真

はやはり素人芸とは質が違うのですが、
素人衆の製品レベルの底上げがされたのもまた事実ですので、
プロの需要が細ってきたのもまた悲しい現実です。



印刷業界ってすごくいびつな業界構成で、
業界全体の売上の8割近くを上位2社で
占めています。

その上位2社は資本力も企業体力もあるため、
“紙に印刷”以外の事業に幅広く手を出して
生き残っています。

“紙に印刷”する術しかない
中小零細の印刷会社が仕事の減少で
淘汰されていっているのが現状です。



これが実情です。



そりゃ、求人内容も

厳しくなるわけだ。





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幸村出奔
昔から、私、
山岡荘八の「徳川家康」を漫画化した
横山光輝の「徳川家康」を愛読しておりました。



いろんな場面でいろんな感想が
浮かぶものですが、
その中で、物語も後半、
真田幸村出奔から大坂の陣までのくだりの
幸村の行動がどうしても理解出来ませんでした。


・なぜ、贅沢ではないけど
 平穏な暮らしを捨てるのか?

・大阪方に勝ち目は無さそうなのに
 あえて死地に赴くのはなぜか?



という、いたって小市民的視点の疑問でした。



今年の初めから
大河ドラマ「真田丸」
欠かさず見ているのですが、
このドラマのお陰で
長年の疑問が解けたように思います。



九度山に幽閉されていた時の幸村を
現代の自分に置き換えてみたら
まるで氷が溶けるかのごとく
すんなりと心境を受け入れられました・・・


・自ら天職と思っているデザイン業
 (幸村の場合は武将としての戦)を禁じられ、
 まるでデザインとは関係のない会社で
 苦手な営業職を強要され、
 このまま死ぬまであと数十年、
 社畜として生きるだけの人生だとしたら・・・

・そんな状態が十数年続き、
 もう一生このままかと思っていた矢先・・・

・業界2位の大手広告代理店からオファーが・・


  「大手クライアントのコンペに出品する
   デザインをまうぞう様にお願いしたい。」

  「選ばれる可能性は低いかもしれませんが、
   大勢のスタッフと豊富な機器・ソフトウェア
   を思う存分駆使して、
   自由にデザインしてください。」

  「代理店幹部やクライアントにも
   よけいなことは一切言わせません。」

  「全てまうぞう様の好きなように。」

  「そのかわり、落選したら命がありません。」


 と言われたら・・・

・オファーを出してきた業界2位の広告代理店の
 今は亡き社長には若い頃からとても世話になり、
 そこのスタッフ連中も旧知の仲。

・反面、ライバルの業界1位大手広告代理店とは
 ことある毎に対立してきた関係で、
 社長も担当者もすっごくイヤなヤツ。



こんな感じになるでしょうか。



へたれな私だって

死を賭してでも

やると思います。




人は、
時には損得勘定ではなく
行動するということが
初めて腑に落ちました。

“義に殉じた”

とか

“理想を追いかけた”

とか

単純な言葉では片付けられないんですけど、
何かしら自分の中で最優先に求めるものが
あるのでしょうね。




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裸体
私は健康で健全な中年男性です。

当然のことながら美しい女性には
芸術的にも本能的にも興味があります。



私が初めて女性の裸体を見たのは
高校生の時でした。



いえ、そんな、
別に級友連中より性的進行速度が
早かったわけではないですよ。



私はヤラハタ(※1)

ですから。




※1:やらずにハタチ



私が裸体を見たのは、
画材屋さんが主催した
ヌードデッサン会に
参加したからです。



当時、私はオタク道まっしぐらの
美術部在籍の内気な画学生でした。



漫画やペン画が中心の創作活動でしたが、
さすがに部活の時間には、
ちゃんと石膏デッサンや油彩を
描いたりもしてましたよ。



私がオタク絵メインで
人物キャラのイラストばっかり
描いていたのを見たからでしょうか、
顧問の美術部の先生が
ヌードデッサン会の案内を
教えてくれました。

役に立つとお考えだったのでしょう。



スケッチブック片手に
電車に乗って行きましたよ。



行く前はそりゃあアレコレと
思い巡らせましたが、
いざ会場に着いて席に座ると、
モデルさんの躊躇も恥じらいもない
ただプロとして仕事に挑む
颯爽とした脱ぎっぷりに
気持ちも引き締まりましたよ。

「初めての裸体」

なんて感動など雲散霧消してました。



そりゃプロのモデルさんですから、



美人でしたよ。



スタイル抜群でしたよ。




懐かしい思い出です。




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創造活動
力石徹の命を奪い、
そこからカーロスに出逢うまで
どん底の状態だった矢吹丈。

行方不明の母親のことが気になり
人形役に徹することが出来なくなった
北島マヤ。

宗方コーチの死のショックで
ラケットを持てなくなった岡ひろみ。

定期的に手の痺れが起こり
それが命取りになりかねない
デューク東郷ことゴルゴ13。

薫どのを目の前で殺められたショックで
魂の抜け殻になった人斬り抜刀斎。



人それぞれ、
調子の悪い時もあれば
スランプの時もあります。

最近、
何となくスランプを感じている
男・まうぞうです。



昔から

「趣味は?」

と聞かれて
第一番目に答えていたのは

「イラスト!」

でしたが、
ふと気がつくともう何年も、
ペンや絵筆を握っていません。

すでに老眼という魔の手が伸びてきて
描きたくても描けない状態に
いつの間にかなっています。



ライフワークは

「デザイン!」

との自負があるのですが、
仕事でデザインはするものの、

「作品」

と呼べるデザインを
制作していません。

昔は展覧会なんかで
美術館なんかに飾られてた
時代もあったんですけどね。



特に40代になってから
惰性で生きているような気がします。



仕事行って、

たまに美味いものを食べて、

たまに美味しいお酒を飲んで、

パソコンをさわるとすればネットサーフィン、

ヒマな時は電子書籍を買いあさり、

数ヶ月に一度の貧乏旅行が楽しみで、

結局1日の大半は仕事に追われ。



創造的な喜びを感じる機会が
少なくなりました。



別に、
創作物で食っていきたいなんて
大それた事を考えているわけではありません。

そもそも飯が食えるような
立派なレベルのものでもありませんし。

ただ若い頃、
創作活動をやっていた時に
感じていたのは、

制作している過程が楽しく、

完成したときの達成感が嬉しく、

展示した作品を見てもらえた時の
誇らしげな気持ちが
えもいわれぬエクスタシーを感じる、

ということでした。



この快感は
ジュリアナのお立ち台で

「私を見て!」

と、ミニスカで踊っていた
お姉様方の感情に
通じるものがあると
勝手に思っています。



何かやろう。




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ハウスデザイナー
私、以前、
グラフィックデザインを生業にしていましたが、
この“デザイン技術”というやつ、
結構重宝します。

なぜならどこの会社でも
デザイン制作的な需要は
存在するからです。


印刷や広告に全く関係の無い
普通の製造業やサービス業でも
自社や自社商品の“宣伝”は必要です。

デザイナーが1人いると
それが内製化できます。

かなり重宝がられます。



私の場合、

重宝がられすぎて

体調を崩しました。




また、
広告や宣伝とは無関係な場面においても、
その威力は発揮されます。



元デザイナーが
一般の企業の営業職や管理職に就職したとしたら、
彼が作る企画書や報告書はひと味違います。

他の人からすると

“デキるヤツ”

と見られるようです。



“白い紙面に文字や写真を上手にレイアウトする”

というデザインのお仕事の中では
基本中の基本の技術でも
出来ない人から見たら、
まるで“魔法”のように見えるんですね。



私、今の工場勤務の身でも、
たまに営業さんからパワーポイントの
プレゼン資料の制作を依頼されるのですが、



Adobe Illustratorで

全部レイアウトして、

画像にしてパワポに

貼ってます。




他の人には絶対修正が不可能です。



若くてイキのいいデザイナーが入社してこない限り、
社内での私のこの位置は安泰です。



私の知人女性は
元、印刷会社のデザイナーでしたが、
結婚して退職し、出産・育児を経て、
パートに勤め出しました。

勤めた会社は比較的大きな
仕出し弁当屋さんの工場です。

お弁当やお総菜のパックつめの
流れ作業をするパートの予定だったのですが、
どこでどうなったのか分かりませんが、
今では彼女はお弁当屋さんの事務所で、

“今週のオススメ品”

のチラシを毎日作成しています。

経歴と技術が買われたんですね。



昔取った杵柄の効能ですね。



私は子供の頃からオタクで、
絵ばっかり描いていた子でしたが、
それのお陰で手の職に繋がりました。

履歴書の資格欄は
「中型自動車免許」しかありませんが、
なんとか今でもオマンマを食えているのも
このデザイン業務のお陰です。




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