貧乏神に愛されて
貯金なし、保険なし、資産なし、借金ありのどん底です。生まれたときから貧乏で、絶望的に金運が無い貧乏神様に愛された適応障害持ちの貧乏人(びと)のブログ
奨学金と新聞配達
正統派の王道をゆく貧乏(びと)たる私ですから、
人生の色々な面で、
当然の如く外せないと思われるキーワードは
しっかりキープしています。



学生時代もしかり。



奨学金をもらい、

授業料を半額免除され、

新聞配達をやってました。




“いかにも”な貧乏家庭の少年ですね。



新聞配達は中学から高校まで(受験期間除く)
約4年間やってました。


相場がそうだったのか、
私が勤めた新聞センターの主が
守銭奴だったのかわかりませんが、
1件配って1ヶ月170円でした。



約70件配って11,900円です。



今、考えると「安っ!」と思いますが、
高校生にとっては結構大金です。

学校で必要な経費を使った残りは全て
小遣いとしてくれてましたんで
それなりにオタライフが送れました。



しかし、
ぬくぬくの室内で行う折り込み作業の人の方が
手取りが多かったのが納得いきませんでしたね。

現在の私の職場環境、
ホワイトカラーとブルーカラーの姿を彷彿とさせます。

ええ、虐げられてきた人生ですとも。



新聞配達は正直辛かったです。



雨の日も風の日も自転車で配ってました。



休みは月に一度の休刊日。
後は土日祝関係なく5時起きです。

冬は特に布団から出るのが辛い。
1日の配達の中で後半になると体が温まってきますが
出だしの寒さはたまりません。

夏は夏で、雨の日なんか、
カッパを着た時のベターーッと肌にくっつく感触が嫌いでした。



一番きついのが恐怖の団地です。



現代のマンションは入口でロックしてあり、
郵便受けは全部屋分並んで配置してありますが、
昔の団地は誰でも階段を昇れて玄関口まで行けました。



私が新聞を配っていた団地は
5階建てで、1つの階段の両側に玄関がある構造で、
1棟に階段が3本×4棟で12本の階段があります。

5階の1件に配るためだけに
5階まで昇らねばなりません。



きつかったなあ。



おかげと言ってはなんですが、
美術部・帰宅部・オタク部の私でも
足腰の鍛錬にはなりました。



これが私の労働者人生のスタートでした。




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