貧乏神に愛されて
貯金なし、保険なし、資産なし、借金ありのどん底です。生まれたときから貧乏で、絶望的に金運が無い貧乏神様に愛された適応障害持ちの貧乏人(びと)のブログ
お隣の古田さんと松山さん
幼い頃、
私が住んでいたぼろ家の左隣には
古田さん(仮名)という一家が住んでいました。



古田さん家は、
母屋があって二階建ての倉庫棟があって、
裏には広い畑があって。

私の家は、
古田さん家の倉庫棟よりも
小さな家でした。

うちは平屋でしたし。



我が家の右隣の松山さん(仮名)家も
古田さん家と同じような配置でした。



幹線道路に面して門があって、
多少の庭と倉庫棟があり、
奥まった所に母屋があって、
さらにその裏に広い庭がある。



子供心にも私が傷付いたのは、


古田さん家と

松山さん家の母屋が

隣同士接している



ことでした。



どういうことかと言うと、
我が家であるまうぞう家の
土地(借家ですが)は三角形をしており、
我が家の両隣の古田さん家と松山さん家の土地が
我が家の背後で隣接していたんです。



幼い私の目には、
両隣がとてもブルジョアな
上流階級に見えました。



今思えば、古田さん家も松山さん家も、
その近所では普通のありふれた
一般庶民レベルの家だったんですけどね。

我が家が極端な
戦後のスラムを引きずったような
貧乏家庭だっただけのことです。



私より一つ下の
古田さん家のツトムくん(仮名)とは
幼なじみでした。

私の卑屈なコンプレックスを
立派に育て上げるのに十分な幼少期でした。



ツトムくんはロボコンの超合金を
全部持っていました。


マジンガーZのジャンボマシンダーも
持っていました。


発刊されたばかりの
コロコロコミックも
毎号買っていました。



彼の生活全てが私にとっては
ショーウィンドウで眺めるエレキギターのように
手が届かない憧れの世界でした。



リアル・スネ夫でした。



彼のパパは
当時“公社”と呼ばれた会社に勤めていて
準公務員として勝ち組人生まっしぐらな人でした。

病気で地金屋すら辞めざるをえなかった
私の父とは雲泥の差です。



唯一、私のプライドを満足させてくれたのは、
私には若干ですが“絵が得意”という
秀でた才能(今では意味ないが)があり、
小学校で表彰された回数は私の方が
多かったということだけでした。



“絵が得意で勉強も出来るまうぞうくん”

を心のよりどころにして育ってきましたが、
それも荒んだ心と生来の怠け者魂のせいで、
高校に入った時には、

“勉強は並以下のアニオタまうぞう”

に落ちぶれていました。



高校に入った頃ぐらいから
ツトムくんとは交流が途絶えていましたので、
その後、彼がどういう人生をたどったのか
は分かりません。

おそらく、結婚をして、
子供もそろそろ成人していて、
会社では役職付きで、
立派なマイホームに住んでいて、
老後は十二分な資産と孫達に囲まれて
悠々自適な人生を歩むことでしょう。



勝手な想像ですが、
永遠に彼は私のヒガミを誘発させる
存在のようです。




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